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あの娘と一緒に味噌汁をのみたい!

世の中って結局なんだろうね、ぴょん太郎。

タバコやめるよ、

 

 

   こんな面白くないブログを読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。更新頻度はとても低いですがまだ読み続けてやって下さい。急にお礼を言いたくなりました、ぴょん太郎です。

 

 

 

「触れたい」と思うことは罪でしょうか。

 

 

 

   こんな質問を前にされた事があります。

 

   率直にいえば多分、罪ではないです。でもその想いからどこまで行動に移すかによって罪になるかそうでないかは決まるような気がする、みたいに答えた気がします。

 

   好きな人に触れたいと思う気持ちと、好きな人と好きなものを共有したいと言う気持ちは同じようで違う。

   じゃあ好きな人のために何かしたいという気持ちと好きな人のために何かをやめたいという気持ちは同じなんだろうか。

 

「俺は好きな人がタバコやめろって言ったらやめるよ」

 

   そういう男ほど自分は彼女のためを思っているフリをしているだけで、内心では彼女のためを思う自分に酔っていることがある。タバコやめろの理由が子供のため、愛する人の健康のためだったとしたらそれはもしかしたら本当の愛かもしれないけど。だったら愛する人が出来る前にタバコなんかやめちまえよ。

 

「急に産気づいて病院に俺が連れて行かなきゃ行けない時があるかもしれないから、酒は飲まない」

 

   これは明確な理由を提示して、相手のためをよく考えていて愛を感じる。ついでに未来も。

 

 

   好きな人のために何かしたいというのは、言ってしまえば愛の「ついで」のようなものだと思っている。愛を示し、彼女を喜ばせるための「ついで」。でも何かをやめたいという気持ちは相手のことを思い、愛ゆえの行動で、女子は結局それが一番嬉しいんじゃないかと思う。

 

   でも好きな人が触れて欲しくないと言っているからやめる、というのは間違っている。触れられない愛なんていらない。そういう人はなるべく早く違う相手を見つけるべきだ。触れられない辛さを分かってない。きっとその子との距離はそのままな気がする。

 

   お前だって触れられない恋をしているじゃないかと読者の皆さんの声が聞こえてきそうですが、これは別です。「触れたい」と思っても行動に移す勇気がないしそんな身分でもない。身分違いの恋と言えば聞こえはいいでしょうか。

 

   そして忠告するなら、「触れられない」恋をしていることを分からずにしている人がいるなら早く、「触れられる」恋をするべきです。これがきっと最後の忠告です。

 

   君に近づこうとしたあの子は元気かな、とふと思いだしたりして。