ぜんぶ、ぜんぶ、君のせいだ

 

この世界では尊いものが沢山、沢山、失われていく。それは人それぞれであることはみんな分かっている。けれども自分にとって尊いものが失われた時、人に言いたくなるのは何故なんだろうと考えた。分らなかったけど、今回私はその1人でした。

 

 

尊いものは常に、少しずつ少しずつ消えていく。近づけば近づく程きっと消えていく。

 

 

私にとって2016年は潮時の年、だった。気になっていたあの子は世に出て二ヶ月で仕事を辞めてしまったし、大好きなものにかけなければいけないお金が増やされた。仲間だと思っていたあの子は裏切ったし、同じ趣味の子は少しずつ、好きなものから離れていったような気がする。全部、ここで変えなければならない、という潮時だった。なのに今思えば、私だけ取り残されていた。潮時であるという事実を受け入れず、今まで通り、何事もなかったかのように振る舞っていた。もしかしたら心の奥底で変わって行くことの怖さを感じていたのかもしれないけど。

 

 

これは自分の中で変わって行くことの怖さを知れた良い機会だったのかもしれない。

 

 

2017年。ネットで見かけた解散騒動。調べれば、メンバー間での価値観の違い、対立が原因だという。2016年にもメディアに沢山出ていたがそのような素振りは一切せず、ただ、仕事をし、何事もないかのように仲良く、していたらしい。当の本人達は嫌い合っていないとは言っているが、本当のところは全く分からない。

 

私だって少しは見ていた。この人たちの仕事ぶりを見て、ああ、凄いな、こんなに一生懸命なんだ、羨ましい、とすら思っていたくらいで。仲が悪いだなんて一切分らなかったし、もし仲違いがあってもすぐに仲直りしそうだな、と誰しもが思うような、そんな感じだった。

 

でも、解散したのだ。事実は解散。

 

 

そして私は気付かされた。変わって行くことがこんなに怖いのか、と。そして仲の良かった友人グループで誰も気づかない間にそのうちの2人が埋められない溝を作るほどのトラブルを起こした時のことを思い出した。ああ、これが変わって行くってことか。

 

私にとっての尊いものは「変わらないもの」でした。これが私にとっての尊いものになったのは全部君のせいだよって私が好きになった推しに言いたい。

どんなに君に仕事がきても、どんな君の周りに大人が増えても、どんなに忙しくなろうとも君は変わらないでいて欲しいな、と図々しくも思ってしまう。その言葉遣いと話し方、文字の書き方も全部。変わらないということがどんなに大事かは分からなかったけど、尊いということは君から教わったんだよ、と言いたい。尊いものに近づくとそれは身近になって尊いものではなくなってしまう、ということもなんとなく分かったような気がする。

 

結局、飽きられない私の性格上、今の所、何かが変わっても好きでいる以外に選択肢がない。けれども本当に変わってしまうのだとしたら、それは私が気づかないところのような気がして怖い。気づいた頃にはもう遅く、取り返しのつかないことになっている。こんな恐怖に取り憑かれているのも全部、君のせいだと思う。

 

責めてる訳じゃない。これは恋を相手のせいにする常套手段と一緒で、幸せの味がする言葉として使っている。君に出会えたから、私は本当に大切なものに気づけたよ、本当にありがとう、という意味でしかない。

 

 

 

最後にこれを踏まえた上でもう一度。

 

 

ぜんぶ、ぜんぶ、君のせいだ。

 

 

ぴょん太郎(若葉竜也情報) (@Ryuya_matome) on Twitter