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あの娘と一緒に味噌汁をのみたい!

世の中って結局、砂糖で出来てるよね、ぴょん太郎。

いつも綺麗じゃなかった、いっそ嫌いになれたら、の話

 

 

随分前に友達が俳優のファンを辞めた。名前は出さないが、ある舞台俳優で、今も一線で活躍している彼女の推しは典型的なキラキラ俳優だった気がする。

 

今でも一番印象に残っている彼女の言葉。

「私が最初だったのに」

確か彼のイベントで、写真を撮る時に推しが彼女に優しさを施した。それからそれは彼女の後の皆に施されることになった、みたいな感じだったと思う。その人の『はじまり』は大切で、ほら『初めて』を奪うあれだって確かにそうだ。『初めて』に価値があることは誰だって分かる。

 

でも彼女がファンを辞めたのは勿論これが原因ではない。典型的なあれだ。

 

推しの彼女バレ

 

想像するだけで震える。誰かのファンをしている人なら分かると思うが、これはキラキラ俳優のファンにとって、電車の隣の人が推し被り、や推しの大きな仕事、より怖い。これから話すことは本当にあった怖い話。

 

バレ方がいけなかった。それに尽きる。

 

SNSの投稿が似ていて時間も酷似。

 

週刊誌にとられるなら良かった。彼の彼女の関係が、私と毎朝会うあの人の関係と同じと言い訳ができる程度。気づいてしまったのはファン。いつも見ていたファン。

 

そして二人は仲良く都合の悪いコメントを消した。消し忘れた煙草火に油を注いで自分の家と大好きなあの子の家を燃やした。

 

さて、どこにでもあるようなバレ方ですが、これが一番傷つくというのは分かります。

そして私の友人は考えに考えた末、ファンを辞めた。

 

ここまで読んで「?」と思った方、いると思います。「何でこれで辞められるの?」

 

これは私の想像ですが、やはり裏切られたという気持ちは大きかった。辞められない方が羨ましくて仕方ありません。心の底では大好きなのです。でも、これから彼に会う時、思うはず。

 

これだけ彼のことが好きで、色んな物をプレゼントして、思い出も沢山貰った。でもこれは彼にとって彼女の思い出と平行で、彼女にだってプレゼントは貰えるし、一緒に作ったはずの思い出は彼女との二人の思い出の方が大きいんじゃないか。私が仕事面で支えなくても彼は幸せになれるんじゃないか。

 

考えすぎかもしれません。でも、彼女の気持ちは私にはよく分かります。

 

言うべきでは無いのかもしれませんが、私の現推しにも数ヶ月前ありました。しかし、これは広まってもいないし確信もあまりない。でも私から見ればほぼ確定だった。辞めようかと何度も考えた。でも彼の仕事面の状況を見るとこれからなことは分かりきっているし、彼はまだ「バレる」程の人間では無かったということに気づいてしまった。週刊誌なら良かったのに。追いかけられればまだ、良かったのに。彼がいつか週刊誌に撮られるまでは推し続けなければ。まずは彼を売れさせなければならない。そしたらその時考えよう。

 

だらだら続く気持ち終止符は全く打てず、私は彼女を羨ましく思います。いっそ嫌いになれたら良かったのに。昔した恋の経験を漁ってみて、同じような経験があった気がします。今もまだ、彼の彼女を見てみたいと思うくらいの気持ちはあります。

 

彼女が彼を好きになったきっかけも、彼女が彼に受けた施しも、彼女が彼のファンを辞めたあの時も、決して綺麗じゃ無かった。

いつも始まりも終わりも綺麗じゃ無かった。

"さよならはいつも涙の後"でした。

 

もし私に終わりがあるのなら、綺麗な終わりじゃなくてもいい、だから思い出して泣きながら笑えるようなさよならにしよう、と決めています。重いなんて言われ慣れました。しょうがない。

 

 

あなたの終わり、さよならはどんなタイミングで、どんなシチュエーションがいいですか?

綺麗な終わりは思い描いておくものです。

 

 

次回は綺麗じゃ無かったはじまりについてでも書くことにしましょう。

 

 

 

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