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あの娘と一緒に味噌汁をのみたい!

世の中って結局、砂糖で出来てるよね、ぴょん太郎。

B専だけどやっぱりイケメンが好き

 

 

   あの頃、花より男子の西門さんが好きだと言っていたあのクラスの女の子は元気かな。私はあの中で誰も選べなかったし、今でも選べないよ。あ、ぴょん太郎です。

 

 

「私って〜◯◯なところあるよね〜」

っていうそこの女。すっぴんでも可愛いよ〜って言う女と、すっぴんをSNSに上げる女と同じぐらい信用できない。

 

   じゃあこんな女はどうですか。

 

菅田将暉前から好きだったけど有名になっちゃったからなあ、でもかっこいい♡♡」

 

   お前が目をつけたから有名になった訳じゃないよ。わざわざ前から好きだったって言う必要はない。別に菅田将暉を前から好きだった人のことを言ってるんじゃなくて、逆に尊敬している。仮面ライダーから追いかけてる人、凄いね、ここまで売れる人を見極められたのは本当に凄い。でもこういうツイートする人ほど結局「前」が「前」じゃない。せいぜいあれだろ、35歳の高校生。ところで、菅田将暉の古参ってどこからなんでしょうね。前から好きだったの好きはせいぜいかっこいい終わりなんだよ、追いかけてる人と一度真剣に対談して欲しい。

 

 

「よく私B専って言われるんだよね〜◯◯くんめちゃめちゃかっこよくない?え、知らない?」

 

    これ!今日言いたいのはこれなんですよ。自分をB専に仕立て上げる人。お前は自分の好きな人を堂々とブスって言ってるんだよ、分かってる?あと最後の「知らない?」っていう一言。私はまだ誰も知らない人を好きで、かっこいいと思ってる。凄いでしょ?って言わないだけで出てるよ、間違った優越感。まずお前の有名じゃないからかっこよくないっていう考えも間違ってるよ。この世は顔だけじゃないしね。B専って何だよ、偉いの?人とは違うことがそんなに偉いの?わざわざ好きな人の格を下げる言い方しなくても他の言い方があったんじゃないかな。結局三浦翔平のことかっこいいと思ってるでしょ?

 

   ついお前とか言ってしまいました、取り乱してしまいすみません。

 

 

   あの頃あの子は西門さんを選んだから、他の花沢類や道明寺司を選んだ人とは違う、優越感があったのだろうか。今あの子はもしかして、菅田将暉を好きだということに恥ずかしさを感じて、山田孝之に走っていたりしてね。

 

 

 

ぴょん太郎(若葉竜也情報) (@taro__pyoon) on Twitter

 

 

タバコやめるよ、

 

 

   こんな面白くないブログを読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。更新頻度はとても低いですがまだ読み続けてやって下さい。急にお礼を言いたくなりました、ぴょん太郎です。

 

 

 

「触れたい」と思うことは罪でしょうか。

 

 

 

   こんな質問を前にされた事があります。

 

   率直にいえば多分、罪ではないです。でもその想いからどこまで行動に移すかによって罪になるかそうでないかは決まるような気がする、みたいに答えた気がします。

 

   好きな人に触れたいと思う気持ちと、好きな人と好きなものを共有したいと言う気持ちは同じようで違う。

   じゃあ好きな人のために何かしたいという気持ちと好きな人のために何かをやめたいという気持ちは同じなんだろうか。

 

「俺は好きな人がタバコやめろって言ったらやめるよ」

 

   そういう男ほど自分は彼女のためを思っているフリをしているだけで、内心では彼女のためを思う自分に酔っていることがある。タバコやめろの理由が子供のため、愛する人の健康のためだったとしたらそれはもしかしたら本当の愛かもしれないけど。だったら愛する人が出来る前にタバコなんかやめちまえよ。

 

「急に産気づいて病院に俺が連れて行かなきゃ行けない時があるかもしれないから、酒は飲まない」

 

   これは明確な理由を提示して、相手のためをよく考えていて愛を感じる。ついでに未来も。

 

 

   好きな人のために何かしたいというのは、言ってしまえば愛の「ついで」のようなものだと思っている。愛を示し、彼女を喜ばせるための「ついで」。でも何かをやめたいという気持ちは相手のことを思い、愛ゆえの行動で、女子は結局それが一番嬉しいんじゃないかと思う。

 

   でも好きな人が触れて欲しくないと言っているからやめる、というのは間違っている。触れられない愛なんていらない。そういう人はなるべく早く違う相手を見つけるべきだ。触れられない辛さを分かってない。きっとその子との距離はそのままな気がする。

 

   お前だって触れられない恋をしているじゃないかと読者の皆さんの声が聞こえてきそうですが、これは別です。「触れたい」と思っても行動に移す勇気がないしそんな身分でもない。身分違いの恋と言えば聞こえはいいでしょうか。

 

   そして忠告するなら、「触れられない」恋をしていることを分からずにしている人がいるなら早く、「触れられる」恋をするべきです。これがきっと最後の忠告です。

 

   君に近づこうとしたあの子は元気かな、とふと思いだしたりして。

 

 

 

 

宇宙一かっこいいのは君だよ

 

どうも、ぴょん太郎です。今日は毎日のように夜に変なことを考えている私の、その考え事の一つを。

 

 

ねえ、イケメンの基準って何?

 

すみません、おばさんみたいなこと言いました。若い子は全員同じに見えるのよね、隣の子だってちょっとかっこいいじゃない、ねえ。

 

誰だよ最初に実力派イケメン俳優って言い出したの。文句言ってるんじゃないんです。別に、実力派俳優でよくない?イケメンっている?確かに最近はイケメンの俳優ばかり売れる傾向にあるし、イケメンって付けた方がキャッチコピー的に女子が飛びつく最高のフレーズだと思う。でも、実力派俳優の方が良くないですか。本人、俳優なんだからイケメンで評価されるより実力の方がいいだろうし。じゃあ逆に実力派俳優が全員かっこよくないみたいな変なのが生まれちゃうし。イケメンは悪くない!断じて悪くない!でも実力があってしかもイケメン!みたいなその高校のモテる男子みたいな感じが私にとって受け入れがたい。世の中結局顔なのかなあ。

 

しかもイケメンの基準って定まらないのに。この人かっこいい!って思うのは顔だけじゃないし、スタイルも性格もあるし。何かの番組で見た、「本当はかっこよくないと思う俳優」にかっこいいと思っていた人が入っていた、みたいなショッキングなことは私にだってあるし、友達に「かっこいいでしょ」と見せた彼氏が「うん…」と微妙な反応をされたりするし。よく考えたら全員のかっこいいが被ったら凄い。

 

だから何を言いたいのか。

 

それは自分のイケメンと隣の人のイケメンは違うし、人が好きな人と自分の好きな人が被ったらこの世は少子高齢化が進んで破滅するだろうし。自分の好きな人が他人に評価されていなくても、自分がいることでもしかしたら助けられるかもしれないし、自分だけが知っていればそれだけで救われる。実力派イケメン俳優だって最初に言いだした人がイケメンだって思った訳だし。それが違っていたとしても何も気にしなくていい、人それぞれ!世の中結局顔だとしても、その基準はバラバラなんじゃないのかな。

 

だからね、私の好きな人は今日も絶対私の中で一番の実力派イケメン俳優で、宇宙一かっこいい。

 

 

 

 

ぴょん太郎(若葉竜也情報) (@taro__pyoon) on Twitter

 

 

 

 

野ブタ。から深読みしたオタク

 

だからなんだって言うんだ、そういわれたら終わりの世の中で、この記事を読んでる皆さんは好きな人を追いかけてますか?すみませんこのブログは誰かしらが好きな人が読んでいると思ってます、私が予想する読者層です。遅れました、ぴょん太郎です。

 

言われたことないですか?親でも友達でも。そんなもん追いかけて何の得になるの?とか、だから何なの?とか。私は言われたこあります。そんな人を好きで、プレゼントあげたりとかして、何の意味があるの?楽しいことある?

 

逆にこういう人いないですか?

 

テレビや世の中を見ても憧れのあの人がいないのは楽しいですか?流行りのドラマとバラエティーを見て、友達の話についていくようなひと昔前の高校生のような人は今でもいるんですか?

 

喧嘩したいんじゃないんです。気になってるだけです。こんな話をすると今話題になってるあれを思い出します。

 

 

今から12年前の2005年大ブームになった

野ブタ。をプロデュース

 

自分自身を演出し、人気者として君臨する2年B組・桐谷修二、周囲をうまく盛り上げ、まさにクラスのリーダー。しかし本当は表向きは仲良く接している周囲の人々を見下していた。その修二にも苦手な人物が。クラスでも浮いていて、少し変わっている草野彰。実はお金持ちという設定もある。ある日、その二人のいるクラスに転校生がやってくる。その名も小谷信子。修二とは正反対の暗い女の子だった。そして彼女は転校してくるなりいじめの対象になってしまう。そんな時、彼女を人気者にするプロデュースを引き受け…。

 

私もあの頃は修二派で、あのドラマを見た人は全員、あのスクールライフに憧れていたことと思います。でもよく考えたら私が好きだった修二には趣味がない。趣味といえば、クラスの頂点にいることと、クラスの雰囲気を良くすること、そして野ブタのプロデュース。

よく考えたらあの頃大好きだったドラマの主人公は皆、日常が趣味みたいなもので、たとえ大好きな人がテレビの中にいなくても、青春をなんとかそれなりに謳歌している、ただの高校生。

 

人に合わせることが良いとされていたあの頃とは違い、今は何かしら趣味を持ち、人に合わせながらも、個性が必要とされるこの時代。確かに私のようにここまで深入りして、オタクと呼ばれる人種になれとは言いませんが、今の時代、自分を主張するものがもしかしたら必要なのかもしれません。でも逆に、ひと昔前の修二のように、日常を遊びにして、友達に合わせ、社会に合わせ、でも世の中を変えようと努力するような青春を謳歌するのも良いかもしれません。あくまで、人を傷付けず、自分を見失わない程度に。もう一度今あのドラマを見たら、感動で涙が止まらないんじゃないかという位、深読みすればするほど修二の必死さと本当は人思いで自分を犠牲にしてしまうところに泣けてきます。

 

何が言いたいんだろうこの人は。それはですね、別にオタクなんかしなくても楽しいことはいっぱいあるし、オタクでいる必要はない、ということです。個性は確かに必要で、人と違うことは今はもしかしたらトップに立つ条件かもしれない。だとしても自分を失ったら終わりです。だからもう好きじゃない、と思ったら終わりたい時に終わらせる。多分それが正解です。ずるずる引きずると結局自分は何がしたいのか分からず、それが無くなった時の恐怖すら感じる。だから本当はオタクなんていつだってやめられて、身につけているアクセサリーとなんら変わらないものです。楽しいことを他に見つけたら両立するも良し、どちらかを捨てるのも良し。本当に好きな人とそうじゃない人の違いは自分にしか分かりません。

 

それでも私はまだ、本当に好きな人とオタクを両立して行きたい。あの頃修二が言っていたように、この世を動かす人がいるなら、その人が売れさせようと思うまでまだやっぱりオタクを続けなければいけないなと思っています。

 

なんだこのブログ。タイトル詐欺みたいで申し訳なくなってます…。あ、野ブタ。には私の推しも出てるので是非、若くて見てないよって方も、久々に見たいという方も見てください。

 

ぴょん太郎(若葉竜也情報) (@taro__pyoon) on Twitter

好きか嫌いか

 

ぴょん太郎です。面白いことも、真剣なことも言えないブログを書いています。強いて言えば思うことをただ書くブログ、といったところでしょうか。

 

変なことを言いますが、誰かの言葉を借りるとすれば、私はこの世の中は努力した人努力しなかった人に大きく分かれると思っています。どちらが好きかと言われれば私は前者がとてつもなく好きです。しかも、自分ひとりで頑張った人より、みんなで頑張った人の方が好きです。

 

私の場合、その人の生き様を見て、人を好きなることが本当に多い。少女マンガで言えばクラスの花壇に水をあげている君を見て好きになったらするタイプ。

 

言い方は間違っていると思いますが、下積みが長い人程惹かれます。努力したぶんだけ報われないことをよく知っている人が好きです。分かっているのにやめられない、そのしつこさが好きです。

 

世の中って結局、頑張った人だけが報われる世界じゃないことはまあ誰でも分かっていると思います。なんで、なんで、私にはできないんだろう。そう思っても追いかけ続けて努力する人の弱さと強さは計り知れません。

 

でも、努力してもどうせ、出来ないんだから、頑張っても出来なかったし、と思う人は努力した人ではないと思っています。それが叶ったら努力と認めてもいい、と誰かが言っていたような気がして。叶うまで努力を続けた人が努力したと言っていい。

 

でも世の中には、努力したくても出来ない人がいます。病気とかそういうことじゃなくて、いくら努力したくても、何故か一生懸命になれない人っている。責めるつもりは一切ありません。寧ろその人達の中には人の努力を羨ましいと思い、その成功を誰よりも喜べる人がいることを私は今までの人生で学んだような気がします。

 

悩めば悩むほど人は強くなる、と本当に学びました。悩む人は弱さと強さを持っています。

 

生きているという自覚も無しに、見られているという自覚も無しに、堂々と人ごみを歩く人達を見ているとこんなことを考えます。

 

 

私は、努力をした人が好きです。それが誰とは言わず、今頑張っている人が本当に好きです。

 

 

何故こんなことを言い出したのか、それは今、とてつもなく頑張っている人が読者の方にいると悟ったからです。

 

 

 

明日、今日よりも好きになれる

 

世界が終わったかもしれないと思ってすぐこのブログを書き始めました。いつもは合間にすいすいとスマホで書いているこのブログを、早くかけそうなパソコンで書いています。緊急事態です。あ、どうも忘れてましたぴょん太郎です。

 

まずはこの動画を見ていただきたい。

 

youtu.be

 

私の世界が終わった!!こんなにも早く!!

 

なんていうか、ほら人が交通事故に合った時、今までの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡るとかそういう感じの感情(?)今まで私が見て来た彼の姿が凄い速さでこちらに向かってくる。これは嘘だと思うほどに何度も巻き戻して動画を見る。

そして数秒後の私がこちら。

 

あ゛ーーーーーーかっこいい!!!

 

どうも単純です。こんなに最高な4分6秒間はこの世に存在しないんじゃないかと考えては否定して、あの時のドラマのシーンも良かったからな、とくだらない考えを巡らせていました。

 

でもふと気づきました。これ、あのかの有名なGreeeenさんのMV…世代の私はあの頃、「e」の数を覚えていたし「塩、コショウ」を周りの友達は狂ったように聴いていた。これって凄すぎることなんじゃないかとようやく気付いた。馬鹿だなあ、タイトル見て気づけよ。

そして再生回数を見る。あれ、まだこんな時間なのに再生回数が伸びてる…単純にこの数の人が彼を見ている…混乱で頭が働きませんが確率的にもう三人くらいの人は彼を好きになってるんじゃないか…。これって私が何度も考えていた、私の世界の終わりが近づいてきてるってことなんじゃないか。怖い。

 

いざそれが近づいてくるとなかなか受け入れられないもので、また今日も彼の名前で検索をかけるだろうし、ドラマを見れば、これに出たらいいな、と妄想するでしょう。この世界が終わっても私はずっと追いかけられるのだろうかという不安が、現実味を帯びて、少しづつ近づいては遠ざかりを続けていたはずが急にこちらに来てしまった。挨拶くらいしたらどうなの?と今日の夢の中で私はこの不安に話しかける予定です。来るなら言って!これがただのフェイントなら早く言って!またドキドキしながら仕事の話を待つからね。

 

でも、すごく大きいことに気がついてしまいました。私はもしかして本当にその時が来てもこうやって現実逃避を続けて、ある程度までは今までと同じようにやるんじゃないか。彼の人気に邪魔をされて会えなくなるまでは、絶対このままだ。明日、今日よりも好きになれる~とか嬉しそうに歌うんだろうな、気持ち悪いけど。

 

さて、私の世界の終わりがこうやって近づいてきていますが、仕事が決まる度にこうやって一喜一憂するのが私の仕事です。終わりは始まりとはよく言ったもんで、本当に新しいものが始まる兆候なのかもしれません。本当に終わったらそれはそれでまた考えよう、と改めて思います。あ、ちなみに私の世界の終わりの予言は地球滅亡と同じく更新されるので信憑性はございません。大きい仕事が決まる度に言っているような…また多分こんなブログを書くのでよかったら読んでやって下さい。信じるか信じないかはあなた次第です。

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、余談ですが、コメントで見つけたので書いておきますね。

 

「この男の人がフルポンの村上にしか見えません。」

 

 

 

 

 

 

 

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君を本当に好きになるまでの話

 

 

さて、久しぶりに推しの若葉竜也さんのことについて。

彼をいつ好きになったんですか?と聞かれたりします。前も書きましたがそんなもの、覚えてません。

 

これから、長くなります。思い出せる限りで書いたので文章のまとまりはありません。すみません。

 

初めて見たのはいつだったかな、覚えてる限りだと、多分、

 

2005年 「野ブタ。をプロデュース

 あの時の彼の役柄は亀梨くんのお友達。はっきり言って、私があの教室にいたら彼のことなんて、少しも好きになっていないだろうな〜くらいの役で(笑)このドラマを見て学校に行っては、「修二と彰どっち派?」の論争を繰り広げていたその辺の女の子と何も変わりません。私はどちらかというと修二派で。あのお調子者感が好きで、確かクラスの大半も修二が好きだったような気がします。でも、見ていたのは見ていたし、覚えていたのは覚えていた。これを言ってはおしまいな気がしますが、これは単なる認識にしか過ぎなかった、ということにしておきます。

 

 

2006年 「マイ★ボス マイ★ヒーロー

これははっきりと覚えています。家族で毎週楽しみに見ていたドラマです。この頃の私と言ったら、長瀬くんのことは知ってましたが、手越のことは全くと言っていいほど知らず、手越が他のテレビに出ると「さくらなんとか」って呼んでいたような(笑)でも覚えているのは、ヤンキーの星野くん。好き!というのとはまた違うと思いますが、幼いながらに「この役、面白いな、凄いな」なんて思っていたような。あの役に惹かれた、と言われればもしかしたらそうなのかもしれない、くらいの感じです。好きでした、あのお調子者の感じが。

 

 

2007年 「探偵学園Q

随分飛びまして申し訳ありません。見てなかったものは見てなかった。後から見たもの、ですから。はっきり言います。私は多分、ここであの人に釘付けになったと思います。コレクターの時の話に出てくる彼は本当に凄かった。あの星野くんだとは思えないミステリアスな雰囲気。同一人物だなんて分からない。でも私はここでも彼のあの役が好きでした。成長して気づくのですが、私はヤンキーと犯罪者の役にいつも釘付けになってしまう。それが良いことなのか分かりませんが、この性格のおかげで彼の素晴らしさに気づけました。

 

 

2008年 「ごくせん」

大好きだったごくせん。同世代なら必ずと言って良いほど皆が見ていたあの伝説のドラマ。私の家はテレビが大好きで、一期からずっと家族で見ていました。あの頃って新聞で番組表を確認していたような時代だったので好きな人をメディアで追うことなんか子供の私には到底出来なかったように思えます。親に「出るよ」と言われなければ分からないくらい。よく考えれば親に自分の好きなものを完璧に理解して貰わなければ教えてくれない時代(笑)今考えればあり得ませんが、あの頃の私にはあり得ました。このドラマは普通に楽しく見ていて、あれ…この人…くらいでしたが、その時に嬉しかったのを覚えています。

 

 

2009年 「シバトラ

このドラマ!本当に大好きだったんです。徹平くんかっこいい〜って見てました。周りにあまり見ている友達がいなくて、でも私は大好きで、昔からそういうドラマが多かった気がします。親の趣味に影響されていたり、読む本も他の子と違ったことがあってか、なかなか同世代の子と趣味が合わないというか、着眼点が違うというか、それで何かあった訳ではありませんが、好きなものを共有できない寂しさはよく経験していました。これがサブカルに繋がるのかもしれませんが(笑)大好きなドラマ!として見ていたスペシャルのあのバスのシーン。この人は星野くんでは?と思った。それだけでした。こんなところに!と思った。でも気づいたら映るシーンを探していた。

 

 

2011年 「謎解きはディナーのあとで

これ!宣伝する時これ使ったりします(笑)結婚式の!って友達に言って、櫻井くんと同時に見てくれるかな〜と期待してます(笑)

 

 

2011年 「GANTZ

友達と観に行きました、懐かしいです。この映画が観たくて行った、と言えばそうなのですが、この時にはもう彼がこの映画に出ることは知っていて、やはり画面に映るのを期待していた。恥ずかしながら、私は知っている、という誇りさえ持っていたような気がします(笑)ちなみにこれも宣伝に使います(笑)

 

 

2012年 「さばドル

何があったのか分かりませんが、もうこの時にはファンでした(笑)記憶が飛んでいて申し訳ないです。ネットもこの時には普通に使えていて、メディアの情報を追えました。梨本くんに何度恋をしたことか(笑)ここまでまゆゆを羨ましいと思ったことはなくて、ドラマを見てかっこいい!と思うことは普通の女の子並みに、誰であってもあったのに、この役の人が羨ましいなんて思いもしなかった。ここで私は気付きました。

 

あれ、この人のことが本当に好きなのかもしれない。ずっと目で追ってはいたけど私はこの人について行くのかもしれない。

 

そこで今までの録画を漁ると好きだと思ってとっておいていたドラマや映画には彼が出ていた。もうとっくに好きだったんだな、と。

恥ずかしながら気付くのは遅かった。お金の無かったそれまでの私には、誰かのためにお金を使う、とか、ましてや貢ぐ、なんてこと考えられませんでした。でも、気づいたらこうです。

 

 

2011年 「源氏物語 千年の謎

この映画は、当時友達の間で話題でした。生田斗真くんとあの映画のあの雰囲気と、ちょっと見てはいけないような内容。友達と観に行って、また彼の姿をスクリーンに探していました。

 

 

2012年 「ハイスクール歌劇団☆男組」

このドラマは確か土曜の昼に放送で、これを見るために部活から急いで帰って、昼ごはんを食べながら真剣に観ていたことを今でも覚えています。この頃はもう彼に必死でした。スペシャルドラマの良い役を貰えるなんて凄い、とか、高校生の役!とテンション上がったりとか、一喜一憂という言葉がぴったりなくらい、必死でした。何度見てもかっこよくて他の作品では見られない顔をみられるので、このドラマは今でもよく見ます。同世代と共演する機会がこの頃あまりなかったため、メイキングでなんだか嬉しそうな彼の顔は何度見ても可愛いです。

 

 

2013年 「よろず占い処 陰陽屋へようこそ」

2014年 「S-最後の警官」

ドラマのゲストでも真剣になってテレビの前で待機して、一言も喋らずに登場を待つ。普通の人にすれば何が楽しいのかと言われるようなことですが、私にとっては彼が出てくるまでのその時間が楽しくてしょうがなかった。

 

 

2014年 「新解釈・日本史」

このドラマは衝撃的でした。大好きなあの人がこんなに面白くて、最高なドラマをやっている。なんて良い仕事を貰ったのだろう!と歓喜。真面目にふざけている彼に釘付けで、日本史が本当に嫌いな私でも少し歴史を勉強したりして。可愛くてしょうがなくて、一生懸命なところがかっこよくて。誇りに思ってました。

 

 

 2014年 「SAKURA〜事件を聞く女〜」

あの息子役。真面目だったのに、結局はやっぱり、ってところが好きで。あのチャラ男感が新鮮で好きで。今でも時々見るドラマです。

 

 

2015年 「明烏

ここで知った方も多いのではないでしょうか。あの豪華な舞台挨拶。戦争でしたね。それは置いておいて、真面目なノリオ。演技だと分かるのに、自然な笑顔。やっぱり真面目にふざけるところ。あの豪華な顔ぶれの中、きらきら光る彼から目を離せなくて、エンドロールで感動したみたりして。あんなおいしい役、好きになる人がいても仕方ないな、と思います。舞台挨拶行った人なんて心撃ち抜かれましたよね?可愛いを押し付けておきます。

 

 

 2016年「女くどき飯」

このドラマが決まった瞬間、私は終わったと思いました。バンドマンなんてぴったりな役、世間が気付かない訳がない。結局、あまり変わらないのですが(笑)あのドラマを何回見たか分かりません。このドラマに可愛さが全て詰まっていると言っていいほど、好きになるには十分な動機ですよ。おすすめです。全く何とも言わなかった友人が、あの役だけは可愛かった、と言ってくれました。

 

 

2016年 「葛城事件」

今まで沢山の犯罪者役を彼は演じました。でも多分その中でこれは一番罪が重い。仕方なかったと思わせるあの演技に誰もが惹きつけられたことでしょう。オーディションを勝ち抜いて貰った役。どれだけ彼が一生懸命演じたかなんて私達には分かるはずもない。でも、気力がどこまでもスクリーンから伝わってきて。確かあの前のブログでオーディションに落ちたという話をしていて心配していたので、この映画で賞を受賞することもできて、私は本当に嬉しくてひっそりお祝いをしていました。世間に少しだけ認められたような気がして、彼のことを本当に誇りに思いました。やっと見つかったんだな、とも思って、一層好きになりました。

 

 

2016年 「勇者ヨシヒコと導かれし七人」

あのドラマ好きで見てました。少し前に山形の目撃情報もあったので、確定だなと思ってずっと待っていて、あのキジ。なんて可愛いんだろう。テレビの前で「あ〜〜!」って深夜に(笑)出たがってたドラマだったんでこっちまで嬉しくて。思い出すと笑っちゃうような思い出です。

 

さて、意図的に、飛ばしたものがいくつか。

 

ロミオとジュリエット

あの入り込む目は多分一生忘れられません。多くは語らず、という感じで。あの会場までの遠い距離が分からなくなるくらいの思い出が出来て、何故あれほどの舞台があれ以降来ないのか、と世間に文句を言いたくなる程。家にDVDが欲しいな、と月と星にお祈りしています。

 

 

muro式」

これは二つとも。ムロさんがあれほどまで魅力を引き出してくださって、感謝しかありません。9の方を私はとっても近い距離で見させていただいたのですが、彼がムロさんの方を見るその方向が私と丁度一致していて、彼がムロさんの方を見るたびに私はドキドキして、背筋が伸びました。カーテンコールでムロさんの話をきく彼。あの話をきく姿勢に私はずっと、ずっと惚れています。

これには絶対につけなくてはならないエピソードがあります。

舞台が終わり、夜の六本木。次々と出てくる客。外で写真を撮る女の子達。そこを歩く彼。最初は夢でも見てるんじゃないかと思ったくらい普通に。「お疲れ様でした。また見に行きます、頑張って下さい」その一言なのに嬉しそうにでもいつもみたいに無愛想に彼はお礼を言って。何日か後に彼は私に、ありがとうとまた言ってくれた。それだけで私は飛び上がるほど嬉しくて、もうこの道を引き返すことはできないと思った。あの街頭に照らされた彼を私はずっと忘れることが出来ないと思う。あれから六本木に行くたびに思い出してしまうのだから。

 

 

情熱大陸の話はまた次の機会に。いつか彼の音楽性と人間性を語る時にでも。

 

 

こんな感じでした。私が彼を好きになってから、これだけじゃない色んな思い出があります。ブログに書き出そうと思ってもよく考えたら書き切れる訳がない。思い出せば、悲しいこともあった気がする。けど私はこうしてまだずっと好きでいられているのだから、彼は本当に罪な人で、私が誇りに思う大好きな人です。

 

この前、質問されました。ファンが増えることに関してどう思いますか、と。

大好きだから世間に認められて欲しい。仕事が増えて欲しい。でも、触れられる距離からもう二度と会えない距離まで離れてしまうのは怖い。そうなったら私はファンを続けられるのかは分からない。映画やドラマ、舞台で見られなくなった彼に魅力を感じないかと言われればそれは感じます。人間性も大好きです。でも、私は彼が大好きな芝居で成功してくれることを心の底から願って、作品が決まるたびにやっぱり自己満足のお祝いをし続けようと思います。

 

 

こんなに長い文章を書いて思うことは、ああ彼のことが私はこんなに好きだったんだな、ということ。自分でも気付かないくらい、気づいた時には遅かった、もう戻れない程好きになってた。大好きです。

 

 

こんなに長いブログを読んでくださってありがとうございました。無意味ですが適当にブログを更新します。是非。

 

 

ぴょん太郎(若葉竜也情報) (@Ryuya_matome) on Twitter